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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)4064号 判決 1966年2月23日

原告 更生会社大山電機工業株式会社管財人 小町愈一

被告 結城プレス工業所こと結城忠一

主文

被告は原告に対し金四八万円およびこれに対する昭和三九年二月二九日以降右完済まで年六分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決はかりに執行することができる。

事実および理由

原告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決および仮執行の宣言を求め、請求の原因として、

一、被告は訴外大槻化機工業株式会社に対し左記約束手形一通を拒絶証書作成義務免除のうえ白地式にて裏書譲渡した。

金額 金四八万円

満期 昭和三九年二月二八日

支払地振出地共 東京都葛飾区

支払場所 日本信託銀行株式会社立石支店

振出日 昭和三八年一〇月五日

振出人 興和工業株式会社

名宛人 被告

二、訴外大山電機工業株式会社は右大槻化機工業株式会社から右手形の裏書譲渡を受けてその所持人となり、これを満期に支払場所に呈示したがその支払を拒絶された。

三、右大山電機工業株式会社(以下単に更生会社という。)は昭和三九年六月一六日東京地方裁判所八王子支部において会社更生手続開始決定をうけ、原告はその管財人である。

四、よつて、原告は被告に対し右手形金四八万円およびこれに対する右満期の翌日である昭和三九年二月二九日以降右完済まで法定の年六分の利息の支払を求める。

と陳述し、被告の主張に対し、

一、抗弁第一、第三項の事実は認める。同第二項の事実については、当初、認める、と述べたが、その後、右自白は真実に反し錯誤に基くものであるからこれを撤回し、右事実は否認する。被告主張の手形三通はいずれも支払場所に呈示されて支払を拒絶されているものであるから、右手形が地方銀行である持出銀行(右各手形の第二被裏書人)に郵送返却されて、泉工業がそれらを買戻す経緯を予測すれば、被告が右各手形を昭和三九年五月二〇日に所持するに至つたということはあり得ない。被告が右手形三通を所持するに至つたのは、泉工業株式会社が更生会社に対し右手形債権を放棄する旨の意思表示をした同年七月三〇日より後の同年八月下旬か九月上旬のことである。

二、かりに、被告が本件相殺の意思表示以前に右各手形の所待人となつていたにしても、被告は右相殺の意思表示当時においては、単に右各手形を泉工業から預つていたにすぎず、手形上の権利は泉工業に留保されていたものであるから、右各手形の裏書の連続にも拘らず被告は右各手形上の権利を有しなかつたものである。

三、かりに、被告の抗弁第二項の事実が認められるとしても、被告が右各手形を譲り受けたのは、本訴において右手形債権との相殺により被告の本件手形債務を消滅させることを目的としたものであり、泉工業もこれを承知しながら右目的を達成させるために被告主張の各手形を被告に裏書譲渡したものであるから、右手形の裏書譲渡は、訴訟行為をなさしめるための信託的譲渡であり、かりに然らずとしても、信託法一一条の類推適用により、いずれにせよ無効である。

四、以上が理由なしとしても、更生会社は昭和三九年四月一六日不渡手形を出し銀行取引停止処分を受けて支払を停止し、同月二〇日東京地方裁判所八王子支部に更生手続開始の申立をなしたものであるところ、被告は右事実を知りながら右各手形上の権利を取得したものであるから、被告の相殺の意思表示は会社更生法第一六三条第三号により許されないものである。

と述べた。立証<省略>

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁および抗弁として、

請求原因事実は認める。

(抗弁)

一、被告は更生会社振出にかかる次の約束手形三通の所持人である。

いずれも、振出地東京都三鷹市、名宛人兼第一、第三各裏書人泉工業株式会社、第三裏書の被裏書人被告、第一、第二裏書欄抹消済。

(一)  金額 三五万円

満期 昭和三九年四月一六日

支払地 東京都杉並区

支払場所 (株)住友銀行西荻窪支店

振出日 昭和三八年一一月一九日

第一被裏書人兼第二裏書人

三化工業有限会社

第二被裏書人(株)足利銀行

(二)  金額 一〇万円

満期支払地 支払場所

(一)に同じ

振出日 昭和三八年一一月二七日

第一被裏書人 白地

第二裏書人 長谷川秀雄

第二被裏書人 (株)大生相互銀行

(三)  金額 四万九、七九〇円

満期 昭和三九年五月一三日

支払地 東京都新宿区

支払場所 (株)大和銀行新宿支店

振出日 昭和三八年一二月一五日

第一被裏書人 白地

第二裏書人(取立委任) 鎌田正勝

第二被裏書人 (株)足利銀行

二、被告は昭和三九年五月二〇日泉工業株式会社から右各手形の裏書譲渡を受けて各手形上の権利を取得した。

三、被告は、昭和三九年五月二六日付準備書面により、受継前の原告更生会社に対し右手形債権(合計四九万九、七九〇円)をもつて本件手形債務を対当額にて相殺する旨の意思表示をなし、右準備書面は昭和三九年五月二九日右受継前の原告訴訟代理人に送達された。

と陳述し、右に対する原告の再主張事実はいずれも否認する。原告の自白の撤回には異議がある。被告が更生会社につき会社更生手続開始の申立がなされていることを知つたのは、被告訴訟代理人が受継前の原告訴訟代理人から本件第二回口頭弁論期日(昭和三九年六月二四日午後三時)の延期につき同意を求められた際はじめて聞知したものである。

と述べた。立証<省略>

理由

一、原告主張の請求原因事実は当事者間に争がない。

二、そこで、被告主張の抗弁につき判断するに、その第一、第三項の各事実は原告において認める。

ところで、同第二項の事実についての原告の自白の撤回の許否について検討するに、被告主張の約束手形であること明らかな乙第一ないし第三号証(各裏面第三裏書欄の泉工業株式会社の記名捺印は、証人東三男吉の証言により真正に成立したものと認める)、証人東三男吉の証言および被告本人尋問の結果(第一、二回)ならびに弁論の全趣旨によると、泉工業株式会社は、被告が更生会社に対する本件手形債務を免れるために被告主張の三通の手形債権を相殺の用に供する等の方法で利用することを容認して、昭和三九年五月二〇日であるか否かはとも角として遅くとも同月二六日までに、右手形三通に裏書したうえ被告に対しこれを譲渡した事実を認めることができる。右証人東の証言、右被告本人尋問における供述中には、泉工業が右時点において右手形三通を被告に裏書した趣旨は、それらがいずれ返還されることを予定して単に預けたにすぎないもので、譲渡した時期は同年九月に入つてからとする部分があるが、それらは、右証人、被告本人の他の供述部分にてらして、右のとおり表現されたままの事実を認定する資料とは評価し得ないもので、右認定の妨げとするにたりない。証人岩間信夫は昭和三九年八月頃右手形三通が未だ泉工業のもとに存在したことを推認し得るかの如き供述をするが、右供述内容は伝聞であつて前掲証拠との対比において右認定を覆えすだけの価がなく、他に右認定を左右するにたりる証拠はない。

してみると、前記原告の自白は、被告主張の手形の裏書譲渡の日時の点につき真実と幾分のそごがあるにしても、事実に反する自白というにはたりず、その余の点については正に真実に合致しているものであるから、その撤回は許されないものというべきである。

したがつて、被告主張の抗弁第二項の事実もまた当事者間に争がないことに帰する。

三、原告の再主張第二項は、被告がその主張にかかる手形三通の裏書を受けた趣旨が前認定のとおりであり、右認定を覆して原告の右主張事実を認めるにたりる証拠がないから、採用できない。

原告はさらに、泉工業の被告に対する前記手形の裏書譲渡は信託法一一条に違反するものと主張するが、右法条の趣旨は、弁護士でないものが弁護士代理の原則の適用を脱法手段により免れたうえ、他人間の法的紛争につき司法機関を利用して利益をはかることを禁止しようとするものであるところ、右裏書譲渡の目的は前認定のとおりであるにせよ、他に特段右法意をおかしているというべき事情は認められないから、右主張も排斥する。

次に、原告の再主張第三項につき検討するに、前記乙第一ないし第三号証の付箋部分(原告においてその成立は明らかに争わないから自白したものとみなす)、前記証人東の証言および被告本人尋問の結果(第一、二回)によると、被告は前認定のとおり泉工業から被告主張の手形の裏書譲渡を受けた当時、更生会社が既に合計額三〇〇万円におよぶ不渡手形を出して銀行取引停止処分を受け倒産状態にあることを知つていたものと認めることができ、その反証はないから、右事実からして、被告は更生会社が支払を停止していることを知つて被告主張の手形債権を取得したものというべきである。

ところで、被告の本件相殺の意思表示は、更生会社につき更生手続が開始される前になされているわけであるが、このような場合においても、右意思表示は会社更生法第一六三条第三号の規定により許されないものであるかどうかを考えてみるに、まず、右規定の趣旨は、更生手続が開始される会社の債務者がその会社の支払停止等の事由により既に価値の乏しい債権を容易に取得してその額面で自己の債務を相殺することを許すと、会社の資産に属する債権はその限度において消滅し、他面において一部の債権者に不公平な満足を与える結果になるから、これを禁止しようとするものであると解される。したがつて、更生手続開始前いつたん有効になされた相殺の意思表示も、それが右規定に反するものである以上、後日更生手続が開始された場合には、更生債権者間の公平をはかるために、遡つて無効に帰するものとしないと、右規定の目的は達せられないことになる。しかも、前記の意味合から価値の乏しい債権を取得したものがわざわざ更生手続開始後に更生会社に対し右債権と自己の債務との相殺の意思表示をすることは少いと思われるから、右のように解しないと、右規定の存在意義は大半失われることになる。

以上の理由から、被告の本件相殺の意思表示は、更生会社につき更生手続が開始される以前になされていることに拘りなく、前記のとおり当事者間に争のない請求原因第三項のとおりの更生手続の開始により無効に帰したものと解するのが相当である。

四、よつて、前記のとおり当事者間に争のない請求原因事実に基く原告の本訴請求は正当であるからこれを認容することとし、民事訴訟法第八九条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 奥平守男)

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